今回はスズキの軽自動車、パレットのエンジンがかからないトラブルの修理記録です。
原因はスターターモーター、つまりセルモーターでしたが、今回の事例は少し珍しいケースでした。
パレットはK6A型のエンジンを搭載していますが、この車種のセルモーターの交換は「大変じゃないけど楽でもない」という感じ。
この記事の内容
・エンジンがかからないときにその場でできる診断方法
・CVT搭載のK6Aエンジンのセルモーター交換について
・軽自動車のセルモーターの交換の日数や費用
・セルモーターが壊れやすいエンジンのかけ方
つまり、パレットを含む平成20年以降のCVT搭載スズキ軽自動車に共通する事例といえます。
スズキパレットのエンジンがかからない事例
↑ セルモーターに付着したオイルのようなものは
今回のトラブルには関係があるのだろうか・・。
イグニッションキーを回してもエンジンがかからない
レッカーサービスで運ばれてきたスズキパレットは、セルモーターがまったく動かない状態で、イグニッションキーを回しても音がしません。
まるでバッテリーが完全に上がってしまったときのように、なんの反応も返ってこない状態で、バッテリーそのものは交換して1年も経たない新しいものでした。
初期診断は基本的で簡単なことからすすめる
自動車整備士として故障の原因を見つけなければならないときにいつも気をつけるようにしているのが、『基本的なことの確認を怠らない』ということです。
これをやらずに自分の先入観でいきなり飛躍した発想で故障診断をしてしまうと原因追求の遠回りになってしまうことがあります。
とはいえ、過去の自分の経験から「こういう症状はたいていここが悪い」みたいな経験則からいきなり原因を見つけてしまうこともあるので、整備士はついつい「決め打ち」をやってしまいます。
簡単にできる確認方法がある場合は、まず基本的な部分の確認をしておくほうが、ドツボにはまりにくいです。
初期診断をするまえに走行距離を確認し、故障の可能性が多岐にわかれるのかを考えつつ、ほんの数分でできる基本的な確認を先にやっておきます。
走行距離は12万キロ、セルが壊れるのちょっと早い・・?
整備士を始めたころ、先輩に口を酸っぱくして言われたことが「まず走行距離を確認しなさい」でした。
それくらい、車の走行距離というのは故障診断をするうえで重要な要素で、走行距離が多い車になるほど診断のハードルは上がりますし、想定外の結末になるケースも増えます。
今回のパレットの場合は、年式は古いものの、走行距離は12万キロ超なので年間走行距離は少ないといえます。逆に言えば距離が少ないからこそ起こりうるトラブルの可能性もあるのです。
走行距離を確認して、「セルが壊れるのは少し早いかな?」という感じがしたので、セルモーター単体のトラブルより電装系のトラブルかなと思っていました。
バッテリーの健全性やボディアースを確認
セルモーターが回らないときにまず疑うべきはバッテリーあがりですが、一般的なドライバーさんではバッテリーの異常かどうか判断できないこともあります。
完全にバッテリーが上がっている場合はリモコンキーでロック解除もできませんし、ホーンすら鳴らないこともあるので、まずは落ち着いてこれらを確認することも大事です。
整備士の場合はいきなりボンネットを開けてエンジンルームのバッテリーを目視で確認してバッテリーを見るなり「ダメだこりゃ」と判断することもあります。
バッテリーに貼られた交換年月日や、バッテリー液面のバラツキ、バッテリー液の入ったセルが溶け出した鉛で黒く変色しているなどが確認できたらバッテリーの点検をします。
古い車にあるのがアース不良のトラブル
バッテリーのマイナス端子とオートマチックをボディアースと呼ばれるマイナス端子が繋がっていることが多いのですが、なんらかの原因で端子周辺が腐食していることもあります。
これもバッテリーの下側にあるのでバッテリーから吹き出した希硫酸などで腐食していないかどうかは目視で確認することができます。
オートマチックシフトのポジションを確認
エンジンがかからないという事例で意外に多いのが、シフトポジションがPレンジやNレンジと認識されていないというケースです。
原因はオートマチック本体側のシフトスイッチが本来の位置に切り替わっておらず、DレンジやRレンジに入ったままと認識された状態で、安全確保のためにこのポジションではセルモーターは回りません。
また、室内のオートマチックシフトのレバー側になんらかの問題があってシフトポジションがPレンジに戻っていないケースもあるのです。
シフトガチャガチャ作戦
これらのトラブルを確認する方法は比較的簡単で、オートマチックシフトをNレンジに入れてみてイグニッションキーを回しながらシフトをガチャガチャと前後に動かしてみます。
シフトポジションの位置がおかしいためにセルモーターが動かない場合だと、一瞬だけセルが動いたりと、なんらかの反応があるので「セルモーターの異常ではない」という判断ができます。
オートマチック車に共通することですが、シフトが「P」か「N」に入っているときにだけセルモーターが回転するようになっています。これはどのメーカーでも同じです。
セルモーター不良の確認方法
シンプルだけど確実な電源の確認方法
バッテリーは問題なし、シフトレバーやシフトインヒビターのズレもないとなると、もう少しめんどくさい確認をしていくことになります。
次にやるべきことは、セルモーターに正常な電源が供給されているかということで、バッテリーのプラス端子と直接繋がっている「B端子」に電源がきているかどうかを確認します。
サーキットテスターを使用するのもいいのですが、テスターでは12ボルトの電源は12ボルトとしか測定できませんが、微弱な12ボルトの可能性もあります。
途中に大きな抵抗があってセルモーターを駆動させるほどの電流が流れないほどの電圧では「12ボルトだからOK」ということになりません。
ここで僕がよく使うのが自作のテスターで、10Wのウェッジ球をソケットに差し込んだだけのものですが、電球がしっかりと光らなければ電圧は問題なくても回路としては異常となります。
この自作テスターのいいところは、かなりの光量で光るので助手がいなくても電源がきているかどうかの確認がしやすいところです。
はたして、ボディアースとセルモーターに自作テスターを当ててみると明るく光ったので、B端子への電源は問題なしと判断ができました。
つづいてスイッチングの回路が正常化どうかの確認ですが、本来は助手がいるとやりやすいのですが、みんな忙しそうなので一人で確認することにしました。
ボディアースと、セルモーターのスイッチ端子(S端子やC端子とも呼ばれる)に自作テスターを接続し、運転席からイグニッションキーを回してみます。
かなりの光量で光るのでしっかりとスイッチングするための電源が供給されていることが確認できました。
ああ・・・セルモーター本体ね。
この時点でセルモーターが作動しないのはセルモーター本体内部に問題があるということが判明したので、故障診断は完了となり、あとはセルモーターの交換をお客様に説明することになります。
自動車整備士の仕事としては、『壊れた車を修理する』ということになるので、作業内容が決まれば不具合の原因を見つけて究明するみたいなことはしません。
トラブルの再発防止のために原因を探ることは大事ですが、定番のトラブルや消耗品が原因の場合は「たぶん、寿命・・?」みたいなところで終わることが多いです。
パレットのセルモーターが故障した原因
「遊ぶな!」と怒られない程度に原因究明
整備士の性なのかもしれませんが、取り外した古い方のセルモーターを眺めながら「どこが悪いんだろう?」という興味が湧いてきます。
今回のパレットのセルモーター不良は、僕の経験では珍しく「K6Aのセルってもうちょい強いのでは??」とセルモーターを分解したくなりますが、時間をかけることもできず目視だけで確認します。
故障したセルモーターにはオイルのようなものが付着していて、エンジン上部から漏れたエンジンオイルが原因でセルモーターが故障したのかと思っていました。
ところが、取り外したセルモーターをみて少し驚いたのが、「部品の寿命」ではなく「故障」だったことです。
ピニオンギアが潰れていた
外したセルモーターはご覧のとおり
↓
ピニオンギアが破損していて、飛び出すことができず固着しているようです。
消耗品のブラシの部分が限界を迎えてしまった場合は、「カチン」というシフトレバーが動く音がしますが、この状態ではピニオンが動かないので全く作動音がしなかったようです。
ユーザーの操作方法に問題があったのかも・・?
セルモーターのピニオンギアが潰れたり削れたようになっていることは珍しいことではなく、一部の車種ではエンジン側のリングギアと噛み合わないこともあります。
ただ、今回のパレットの場合は異常なくらいにピニオンギアが破損してしまっているので、おそらくユーザーのエンジン始動のやり方などに問題があったのかもしれません。
エンジンがかかった状態でセルを回していた??
エンジンがかかっていることに気づかずにもう一回イグニッションキーを回すと、エンジンと一緒に回転しているリングギアにピニオンギアが飛び込むことになります。
すると「ガガガガ」とか「ギャー」というすごい音がしてピニオンギアが傷んでしまうことがりますが、この誤操作を何度もやっているとセルモーターが破損することになります。
今では主流ですがスタートボタンを押してエンジンを始動させるタイプの車なら、そもそも起こることのないヒューマンエラーといえます。
今回のセルモーターのトラブルは
「壊れた」というより「壊した」という感じでした。
パレットのセルモーター交換の流れ
安全のためにバッテリー端子を外す
セルモーターにはバッテリーのプラス端子と直接つながったB端子が繋がっているので作業中のショートを防止するためにバッテリーのマイナス端子を外しておきます。
ただしマイナス端子を外してしまうのでコンピューターのメモリなどは初期化されてしまうので予めユーザーさんにはそのむねをつたえておきます。
作業はリフトアップするとやりやすい
ジャッキアップをして車両の下から手を入れることはできなくもないですが、かなり効率が悪いのでリフトアップして作業をします。
下からアプローチするのはセルモーターのB端子とC端子を外しておき、セルモーターとミッションを固定させているボルトの下側を緩めます。
このときに役に立ったのがショートのストレートメガネレンチで、レンチをボルトにセットして木の棒とゴムハンマーでレンチの端を「パキン」と緩めるのに便利でした。
セルモーターをエンジンルームから引き出す
ドライブシャフトなどが邪魔で下からは出せない
セルモーターが車体の下側から取り出せないことが分かったので、リフトダウンしてエンジンルームからセルモーターを取り出すことにしました。
とはいえ、ミッションにドッキングされている状態のセルモーターを「ゴトン」という感じで取り外し、下から押し上げるようにしないとやりづらかったです。
けっきょくバッテリーは外した
セルモーターとミッションを繋いでいるボルトの上側はエンジンルームからアプローチしますが、バッテリーが邪魔だったのでバッテリーと下のトレイは外すことになりました。
広いスペースを確保するほうが作業性が上がるので手前にある部品たちはバンバン外してしまうほうがやりやすいことも多いです。
セルモーターがミッションから切り離せたらエンジンルームから引き出しながら、どんな角度で引っ張り出したのかを覚えておきます。
大きめの部品を狭い場所から取り出すときは、まるで知恵の輪のように部品の向きや通したルートを覚えておくとあとでスームズに取り付けができます。
交換作業に使った便利工具たち
交換作業をしていて役にたった工具を紹介します。他にも汎用の工具は使いましたが、「あってよかった」という工具を一部紹介します。
ショートのストレートメガネレンチ
狭い場所で頭が12mmの8mmボルトを緩めるのに便利なのがストレートのショートトレンチで、オフセットしているメガネレンチではうまく力が入らないことが多いです。
6.3mmの首振りラチェット
セルモーターのB端子のナットは意外と固く締まってして、なおかつ狭い場所にあるのでヘッドが小さな6.3mmの首振りラチェットは重宝します。
首振りだけどハンドルは長いタイプがベストです。
6.3mmユニバーサルジョイント
エンジンルームからミッションの上側にあるセルモーターのボルトを緩めるのに角度をつけたままアプローチできる6.3mmのユニバーサルジョイントがあると便利でした。
6.3mmロングエクステンション
ユニバーサルジョイントと12mmのボックスを組み合わせてボルトを緩めていくのが便利
セルモーター交換の費用と日数
レッカーサービスにかかった費用などは別にして、ディーラーに依頼すると作業日数も費用も多めにかかるかもしれません。
ディーラーなら6万円オーバー?
■セルモーター(リビルト品) 30,000円~35000円ほど
一般整備工場なら4.5万円から5万円くらい
■作業工賃 10,000円~15,000円ほど
■セルモーター(リビルト) 25,000円~30,000円ほど
作業日数
最後に
今回のトラブルはユーザーさん(やや高齢)のイグニッションキーの回し方に問題があったようですが、セルモーターが完全に壊れる前に予兆のようなものがあったのではないかと考えています。
イグニッションキーを回してセルモーターが作動するときにこれまでとは違う音がしたり、セルが作動しなかったりという不具合がすでにあったのかもしれません。
その時点で整備工場に相談してくれていればレッカーサービスのお世話になることもなかったはずです。
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