観光バスなどでフェード現象による事故がしばしば報告されています。
じつは僕自身、自分の車でフェード現象を体験したことが過去にありました。
サーキット走行をしていたときに起きたことなので大事に至ることはありませんでしたが、
ブレーキが効かないという恐怖は今でもはっきりと覚えています。
その出来事は僕自身のフェード現象に対する認識を大きく変え、ブレーキに対する理解をより深めてくれました。
今回は自動車整備士としてのフェード現象に対する経験や予防対策について述べていきます。
フェード現象の原因|車種やブレーキの構造でも発生率が違う
フェード現象とは摩擦材から発生するガスが原因
フットブレーキを多用することでブレーキの効きが悪くなる現象としてベーパーロック現象とフェード現象があげられます。
ベーパーロック現象はブレーキフルードが高温にさらされることで液内に気泡が発生し、油圧が伝わらなくなることを指します。
それに対してフェード現象は、ブレーキの摩擦材の表面が高温になり分解熱でガスが発生することで摩擦力が低下してしまうことをいいます。
今回のお話で取り上げるフェード現象とは、ディスクブレーキではブレーキパッド、ドラムブレーキではブレーキライニングの表面が過熱することで起きるものです。
下り坂では車体が前のめりになってしまう
下り坂でのフェード現象により事故の報道を見ていて感じたのが、前後輪にかかる荷重が平地とは違っているという点です。
ほとんどの車はエンジンなどの重量物が車体の前側に近い位置に搭載されていて、車検証で確認しても後輪よりも前輪のほうが重量が多くなっています。
車検証では「軸重」という表現ですが、どちらにせよ静止した状態でも前輪タイヤに多くの車重がかかっているわけです。
走行中にフットブレーキをかけてブレーキを効かせることで、車体の重量は前側に偏り、結果的には前輪に多くの車重がかかります。
下り坂でのブレーキングなら、さらに車重が前輪にかかることになり、前輪ブレーキへの負担は増えてしまいます。
これも下り坂でフェード現象が起きる要因の一つといえます。
急勾配の下り坂では走行風での冷却が間に合わない?
本来なら、ブレーキ周辺の熱は走行風を利用して排熱されていきます。
とくにディスクブレーキの場合は、ディスクローターがむき出しになっていることで速度が上がればそのぶん走行風も強くなり排熱性は向上します。
ところが、下り坂では必要以上にスピードが出てしまい、とくに山間部ではカーブが多く、複合的な下りカーブでは速度も出せないうえにフットブレーキを使う頻度があがってしまいます。
スピードが落ちているぶん走行風は弱く、それでいて下り坂の慣性に抵抗するようにブレーキを多用せざるをえない状況になります。
フェード現象発生のリスクは車両重量や積載量で変化する
フェード現象が原因とされる事故の多くは観光バスでよく報告されています。
プロの運転手でも山間部の走行に慣熟しているかどうかという、経験値でも大きく違いますが、バスで発生している原因について考えていきます。
車両重量そのものが重い車両には、それに見合うだけの大きな容量のブレーキが装備されています。
各自動車メーカーもその車の使用用途など考慮加味していて、ブレーキ容量にはかなり余裕をもたせた設計をし、さらにモデルチェンジやマイナーチェンジでも見直しがされることもあります。
そのため、平地走行などでブレーキに違和感や効きの甘さを感じることはまず起こりません。
空車時から満車時でブレーキへの負担が激増する
ブレーキ周辺の温度を計測してドライバーに伝えるような仕組みは一般的な車にはありませんので、プロドライバーも含めてブレーキの表面温度を気にしないはずです。
フェード現象が発生して事故になってしまったケースとして、「長い下り坂でフットブレーキを使いすぎた」と結論付けられていることも多いですが、ドライバーの過信もあるように感じます。
なぜなら、平地走行で空車時のブレーキと長い下り坂で満車時のブレーキでは、ブレーキに対する負担が大きく違うからです。
もしもブレーキディスクやドラム周辺の温度を確認するような装置が運転席からモニターできるような仕組みがあれば、ドライバーはその温度変化に驚くのではないでしょうか。
かなり極端な連続的な使用をしない限り、ブレーキパッドやブレーキライニングの表面が制動力に影響するような高温にはなりません。
ですが、積載量や乗車定員が多い車両ではドライバーがブレーキに負荷の低いような走行条件と同じ感覚で長い下り坂を走行しフットブレーキを多用してしまうと、フェードを起こす確率はいっきに上がります。
バスの場合であれば、乗車率が高い場合と低いとき、平地や高速道路での巡行と、長い下り坂でのフットブレーキへの依存度を大きく変えなければなりません。
少し意外に感じるかもしれませんが、高速道路での走行はブレーキの冷却効率が高く、むしろ停車を頻繁に行う市街地走行のほうがブレーキへの負担は大きいです。
では、「なぜそんなことが整備士にわかるの?」と思われた方もいるかもしれませんが、簡単にいえば、ブレーキの摩耗スピードと使用条件を比較するからです。
高速道路を主に走行する観光バスよりも、市街地をメインに走行するほうが、年間走行距離に対してブレーキの摩耗が早いことが多いです。
過積載では高確率でフェード現象がおきてしまう
僕自身は観光バスの整備はしたことはありませんが、大型の10トンダンプの整備をしていたことがあり、積載量と使用環境におけるブレーキの負担に違いをまざまざと知らされました。
その車両で決められた積載量をオーバーした荷物や乗員数で車を走行させた場合、たとえば大型トラックに中型トラックほどのブレーキしか装備されていないのと同じで、あきらかに制動力が足りない状況になります。
この状態で長い下り坂などを走行していれば、仮にエンジンブレーキや排気ブレーキを使用していてもフェード現象が発生してしまうかもしれません。
それくらい、車両の重量と制動力は大きく関係しています。
フェード現象はドラムブレーキで発生しやすい
古い車両には前輪にもドラムブレーキが採用されている
乗用車でも平成初期では軽自動車などにフロントドラムブレーキが採用されていましたが、今では乗用車ならどの車でも前輪はディスクブレーキです。
それに対して、トラックや小型のマイクロバスでは今でも前輪がドラムブレーキの車両が現役で使われていて、今でも車検でフロントドラムのブレーキ調整やブレーキシューの動きをチェックしています。
ドラムブレーキのメリットは、回転方向に対してブレーキライニングが食い込むように密着することで自己倍力作用が働くことでディスクブレーキよりも強い力を発揮しやすいことです。
なおかつ製造コストも抑えられるというメリットがあり、実用車では車両価格を抑えるためにもドラムブレーキを採用することがありました。
ヒートクラックが見られた車両もあった
車検で入庫したトラックの中には、ドラムの内側にヒートクラックが確認できたものもあり、ブレーキにはかなり過酷な使用条件だと思われるケースもあります。
放熱性の悪さが大きなデメリット
ただ、デメリットもありドラムブレーキは摩擦熱を逃がしにくい構造のため、連続してフットブレーキを使用するとどんどん熱がこもってしまいます。
スポーツカーや高級車にディスクブレーキが採用されたのも、連続した過酷なブレーキングに対応するためで、実用車への採用が遅れたのも大きな必要性がなかったことと製造コストの兼ね合いもあります。
今ではバスやトラックでもディスクブレーキが当たり前になっていますが、今でも古い送迎用の小型バスなどは前輪がドラムブレーキのものが多いです。
ちなみにですが、後輪にはドラムブレーキが採用されている車両が今でもありますが、ブレーキングでのメインはフロントブレーキなので後輪がドラムでも四輪ドラムブレーキよりはるかにフェードを起こすリスクは低いです。
サイドブレーキの戻し忘れ
↑ サイドブレーキを引いたままで走行したドラムブレーキの内部。中央のベアリングが高熱でグリスが溶け出しています。
実際にお客様から聞いたことですが、ペダル式のサイドブレーキが採用され始めたころ、サイドブレーキを引いたままで走行していてブレーキの効きが悪くなった事例があります。
小型車や軽自動車のサイドブレーキは、後輪のドラムブレーキをサイドブレーキペダルと繋がったワイヤーを引いて効かせるものがほとんどです。
もしもサイドブレーキを引いたままで走行しても、運転手がそれと気づかないままで走行してしまうことも多く、リアのドラムブレーキ内部が高温になっていきます。
リアのブレーキライニングが軽いフェードを起こしている状態では、前輪のディスクブレーキは通常の制動力が発揮できることもあり、大事故にならないことも多いです。
【関連記事】サイドブレーキをかけたまま走行してたら煙と焦げ臭い!修理代は?
フェード現象の防止対策を整備士の立場で考えてみる
運転手の技量不足が主な原因とはいえ・・・
フェード現象は過度なフットブレーキの使用が原因で起きるブレーキのトラブルなので、車の構造や整備不良というよりも運転スキルや経験不足によるものが大きいといえます。
とはいえ、これまでの整備士としての経験で、ブレーキ周辺のコンディションをよくすることでフェード現象が起きにくくすることはできると考えています。
結論として『ブレーキに関する当たり前なメンテを怠らない』という、目新しさのないお話になりますが、悪条件が重なったままで放置すると「まさかそんなことになるとは・・。」となります。
ここで言う、当たり前なメンテナンスとは、車検や法定点検で整備士から指摘をされた消耗品の交換や、目視による点検、清掃グリスアップなどです。
摩耗したディスクパッドはフェードしやすい?
実際に数値を測って比較をしたわけではありませんが、間違いなくいえることは、摩耗したディスクパッドは「熱ダレ」を起こしやすいということ。
ディスクパッドの摩擦材の部分が薄くなると摩擦材の体積も小さくなり、ディスクとの摩擦で生じた熱が摩擦材全体に伝りやすくなります。
摩擦材が高温になれば、そのぶんディスクローターとの接触面もさらに高温になりガスが発生することになります。
ベーパーロック現象のリスクも上がる
ディスクパッドの構造はシンプルで、ディスクと接触している摩擦材の部分とピストンの力を受ける接合面にシムが挟み込まれています。
もしも摩擦材が摩耗して薄くなっていると、摩擦面の熱がピストン側に伝わりやすくなり、ピストンに油圧をかけるブレーキフルードも熱にさらされやすくなります。
その結果、ブレーキフルードの中に気泡が発生するベーパーロック現象を引き起こすことにもなります。
ブレーキパッドは1/3を切ったら交換が望ましい
たとえば乗用車の場合は新品のディスクパッドが10mmほどですが、残りが2mmほどになるとセンサーと呼ばれる金属製の突起部分が金属音を発生させて運転手に知らせるようになっています。
少しもったいないと感じるかもしれませんが、3mmちかくまで摩耗したディスクパッドなら車検で入庫した場合、整備士からは交換を勧められます。
近い将来にブレーキの残量の限界を迎えるからそれを見越して交換、という意味もありますが、ブレーキそのものの熱ダレが早くなることも交換理由なのです。
ブレーキキャリパーのオーバーホールもオススメ
寒冷地での使用やシビアコンディションなど、ブレーキに過酷な使用条件はもちろんのこと、走行距離が10万キロを超えるようなら一度ブレーキのオーバーホールをしてみるのもいいでしょう。
とくにディスクブレーキの心臓部ともいえるブレーキキャリパーの分解・点検・清掃からのシールキットを一新することで、ピストンの動きが蘇ります。
ピストンやスライドピンの動きが悪いままではブレーキの引きずりを起こしやすく、つねにブレーキパッドの表面が高温になりやすくなっています。
また、キャリパーのオーバーホールをすると、ブレーキフルードの抜きかえもすることになるので、車検とセットでやっておくのもいいでしょう。
ドラムブレーキ内部のシューの動きも大事
ドラムブレーキの場合、タイヤと直結しているドラムと、車体(ハブ)側のバックプレートにセットされたブレーキシューのライニングが接触して制動力を発生させています。
車検などでドラムブレーキの内部を点検していると、ブレーキシューの動きがぎこちないことがあります。
バックプレートとブレーキシューの接点には熱に強いグリスなどが塗布されていますが、グリスが硬化していることもあります。
また、過走行の車の場合、バックプレートがえぐれたように摩耗していてブレーキシューが本来の動きをしないこともあります。
運転手がブレーキペダルを離した状態でもドラムブレーキ内部で「引きずり」を起こしてしまうことがあり、結果的には内部が高温になりやすくなります。
こんな状態では、フットブレーキを多用してしまうと排熱性が悪いうえに引きずりの熱も加わってフェード現象が起きやすくなってしまいます。
サーキット走行でのフェード現象の話
僕自身、少しだけモータースポーツにハマっていたときがありましたが、サーキット走行デビューの日に経験したフェード現象のお話しを余談ですがしておきます。
スポーツ仕様の車でもフェード現象は起きる
整備士仲間から誘われていたこともあり初めてサーキットを走行することになり、前日は少し奮発して新品のディスクパッドとタイヤを奢り、ワクワクしながら翌日を迎えました。
当時の愛車、インプレッサWRXの仕様は、四輪ディスクブレーキでフロントは片持ちの2ポッドキャリパー、リアも同じく片持ちの1ポッドキャリパーで、一般道では多少の過酷な運転をしてもブレーキに不安はありませんでした。
ところが、サーキットでコースインして2周ほどウォームアップをして全開走行をしたところ、一周が一分にも満たない1000メートルほどのコースを20周もしないうちにフットブレーキの効きが異常に悪くなりました。
時速130キロほどから練習してきたヒール・アンド・トゥを駆使しながらのフルブレーキング、2速まで落としてエンブレも使っていました。
ところが、いくら力いっぱいにペダルを踏み込んでもブレーキが効かず、周回を重ねるごとに悪化していき、ついに後半ではコースアウトしてエスケープゾーンに突っ込みそうになりました。
さすがにサーキット走行の経験のない僕でもブレーキがおかしいことがわかり、クーリング走行をしながらピットイン、車から降りて前輪タイヤを見たとき衝撃を受けました。
フロントブレーキからものすごい白煙が・・・
まず目に入ったのは、前輪タイヤが無惨にブロックが飛んでズルズルになった状態と、前輪ブレーキからの白煙と焦げ臭い焼けたようなニオイでした。
サーキットの常連だった同僚の整備士に見せると、ケラケラと笑いながら「もしかしてノーマルパッド入れました?」と楽しそうでした。
当時の彼はフルチューンに近い状態のFD3Sを駆る、そのサーキットのコースレコードに近いタイムを叩き出す有名な乗り手でもありました。
いくら軽量でブレーキの容量にも多少の余裕がある車でも、ノーマルのブレーキパッドを使用していれば、ディスクパッドの摩擦材が分解してガス化します。
結果的に、常温でも制動力を発揮できるようなノーマルタイプのディスクパッドでは、ほんの数分のサーキット走行でもフェード現象が起きてしまうのです。
新品のディスクパッドが30周ほどで無くなっていた!
その後、ブレーキを冷やすためにピットでエンジンをアイドリングさせていましたが、ふとホイールの隙間からフロントディスクパッドを見てみてびっくり。
前日に新品に交換したはずのディスクパッドが2mmほどしか残っておらず、8mmちかいディスクパッドの摩擦材がわずか30km、三十分足らずで摩耗していました。
後日、リベンジのためにローター温度が200℃~600℃という、耐フェード性の高いサーキット走行用のディスクパッドに交換して走行してみました。
ノーマルディスクのままでもフェードすることなく、まるで食い込むようなブレーキフィールで、快適にサーキット走行をすることができました。
一般道では絶対に起きてはならない事態を疑似体験できるという意味では、サーキット走行は一般ドライバーにも体験してほしいと感じました。
最後に・・・
僕自身は、整備士であり自動車検査員という立場上、観光バスで起きた事故のニュースは他人事とはとうてい思えません。
もしも自分が整備や検査をした車が事故を起こしたら、その原因に自分が関係していないのかをまず知りたいと思います。
そのうえで、事故の原因が運転手にあったとしても、なんともやるせない気持ちになってしまいます。
車には「走る」「曲がる」「止まる」という3つの基本的な機能があります。
なかでも「車を止める」という機能は、まさに命綱のような最も重視されるべきことです。
フェード現象は『フットブレーキの使いすぎ』がおもな原因で、
エンジンブレーキや排気ブレーキなどを意識して使用すれば、よほどの過積載や悪要因が重ならない限り起きにくく作られています。
とはいえ、車種や仕様によってはブレーキのキャパシティと車両重量のバランスがギリギリの車両もあり、
「プロ」と呼ばれるドライバーなら自分が運転する車のコンディションや性能を把握するべきです。
一般ユーザーの方では自分が運転する車の制動力を知ることは難しいですが、ブレーキ周りへのメンテナンスを意識することはできます。
車検や法定点検などで整備士からブレーキに関する指摘や整備推奨を受けた場合は、
整備を先送りしないこともフェード現象の予防になります。
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