スバルの伝統的な水平対向エンジンは、一般的なユーザーさんから「クセのある特殊なエンジン」というイメージを持たれていることも少なくありません。
とくに不等長マニホールドが採用されていた当時は「ドコドコドコ」といったボクサーサウンドは個性的ではあるものの、好みが分かれます。
僕自身はGC8のインプレッサWRXを乗っていたこともあって
スバルのボクサーサウンドは大好きでした。
そんなスバルの水平対向エンジンは「燃費が悪い」「維持費が高い」というイメージも持たれているようで、所有するには勇気がいるという相談を受けたこともあります。
今回は、スバルのアイデンティティとも言える水平対向エンジンの歴史を軽く振り返りながら、はたして水平対向エンジンの燃費や維持費は高いのか、というテーマでお話をしていきます。
スバルの水平対向エンジンの燃費は悪い?
ショートストロークゆえにトルクが不足
水平対向エンジンは、「V型エンジンが180度まで開いた」と言えなくもないですが、とにかくエンジンの幅が広くなってしまうのがネックです。
エンジンをコンパクトにすることはフレームの設計の自由度も上がり、車体のデザインもやりやすくなるメリットがあります。
そのため、水平対向エンジンはエンジンの幅を抑えるためにショートストロークになりがちで、ロングストロークよりも低速トルクが稼ぎにくく、燃費が悪くなりやすくなります。
とはいえ、僕自身はスバルの水平対向エンジン搭載車は2台乗り継いできましたが、低速トルクがそこまで悪くなかったと記憶しています。
ターボモデルでも、アクセルワークを丁寧にしながら走らせれば
それほど燃費が悪いとは感じませんでした。
※9km/L~12km/L(MT車でしたけど)
低速トルクはけっこう良かったですが、エンジンを高回転まで回すといきなり燃費が悪くなります。ショートストロークというよりも燃料噴射のマネジメントがよくなかったのかな、と思ってます。
水平対向エンジン搭載車にはのべ10年ちかく、10万キロ以上乗ってきましたが、世間での「燃費が悪い」というイメージほどのひどいものではありませんでした。
いったいどこでこういう「燃費よくない」なイメージが定着したのだろうと記憶をたどっていきながら、スバルの看板車ともいえるレガシィのことをふと思い出しました。
スバル復活の立役者|初代レガシィ
初代レガシィが発売された1989年当初、スバルは国内の販売不振もあり、買収や倒産の危機が報道されるほどでした。
また、主だったマーケットの北米でもそれほどの販売実績があったわけでなく、苦しい経営状況のなかでレガシィという新しいモデルを世に出しました。
このレガシィツーリングワゴン、フルタイム四駆というよりも「馬鹿っ速い乗用ベースのワゴン」というところで評価を得て他のメーカーにはない独自性を世に知らしめることができました。
今では当たり前のように認知されている「ツーリングワゴン」というカテゴリーの先駆者として模索するようにリリースされましたが、結果的には成功を納めることができました。
さらに水平対向エンジンの低重心やシンメトリーなパワートレインもあって、全天候で安定した走りを見せ、国産車ユーザーだけでなく、外車好きなユーザーの食指も刺激していました。
スバル車はボディ剛性が高いのですが、これも高いドライバビリティに寄与していたようです。
4DWにこだわるのもスバルらしさ
スバルが『日本で最も本社が北にあるメーカー』だったことが関係あるのかどうかはわかりませんが、とにかくスバルは4WDという駆動方式にこだわっていたようです。
スバルの強みといえば水平対向エンジンを縦置きに、パワートレインを左右対称にした四輪駆動でした。
これに加えて初代レガシィには水冷インタークーラーを搭載したターボエンジンが奢られ、当時としてはかなりパワフルで、それまでの乗用ワゴン車のイメージをいい意味でぶち壊すことに成功しました。
「速い」と「燃費も悪い」を世に知らしめる結果になった
ワゴンボディでフルタイム4駆、おまけにターボという「車体が重い」「燃料バカ喰い」と重なり、燃費はかなり悪いというネガティブな評価も同時に世に広がってしまったようです。
ただ、当時はバブル景気の只中でもあり、車にお金をかけることがステータスという風潮もあり、燃費が悪いということよりも『個性的でイケてる車』をみんな探していたのでしょう。
結果手的にはレガシィの販売台数の大半はワゴンボディで、セダンを購入するのは以前からいた少数のスバリストで、新規顧客はツーリングワゴン一択という感じでセールスを伸ばし続けていました。
結果的にはフラッグシップモデルとして押し上げられたレガシィツーリングワゴンの評判には「燃費も悪い」という評価もセットでつきまとうことになりました。
実際の燃費は改善されている
スバルの台所事情はかなり厳しかったようですが、レガシィ・ツーリングワゴンのヒットで開発費にもコストをかけられるようになり、それによりさらに評価が高くなるという好循環に入ることができました。
もちろん燃費対策もそのなかには含まれていて、当時の燃費の指標となる10・15モードでも年次改良のたびに改善されていました。
90年代は希薄燃料技術の時代
とはいえ、1990年代ではトヨタの「D4エンジン」三菱の「GDI」など希薄燃料技術の競争が主流となりつつあり、スバルの燃料マネジメント技術は時代の遅れを感じずにはいられません。
レガシィの販売は堅調に伸び続けていたとは言え、コストの壁もあり大々的な改良をするまでにはいたらず、燃費性能は犠牲になりつつも運転を楽しめて使い勝手もいいプレミアムカーという立ち位置です。
結果的には確実に燃費の改良は行われたとはいえ、他社のめざましいカタログ上での燃費と比べると「スバルって燃費は良くないよね」という評価に落ち着いたのではないでしょうか。
トヨタの技術が水平対向エンジンの燃費を向上させた?
トヨタの86とスバルのBRZは、トヨタとスバルの共同開発で誕生したFRスポーツで、スバル製の水平対抗エンジンが搭載されています。
スバルの完全なる自家製だったEJ系から、タイミングベルトを廃しチェーン駆動などの大きな改良がなされたFA系ではトヨタの技術も採用されています。
そのなかでも燃費性能に大きく関係してくるのがトヨタの「D-4S」と呼ばれる直噴技術で、ポート噴射と筒内噴射を併用した燃料噴射の制御です。
これにより運転状況に応じた細やかな燃料噴射マネジメントが可能になり、以前のスバル製エンジンの「燃料ジャジャ漏れ」な制御をクリアすることができています。
【外部リンク】エコカー並みの低燃費で「水平対向エンジンは燃費が悪い」は単なるウワサだった!?
この直噴技術はFA系の水平対向エンジン搭載車に採用されており、「水平対向エンジンは燃費が悪い」という評価を大きく覆すことができました。
もはや初代レガシィの「速い」「燃費悪い」を知らないユーザー層からすれば、燃費が悪いという印象はなくなっています。
不等長マニホールドからの「ドコドコ音」もなくなっていることもあって、今の水平対向エンジンは『普通のエンジン』という印象になっていきつつあるかもしれません。
水平対向エンジンの維持費は高い?
この記事を書いている2023年では、水平対向エンジンへの燃費に対するネガティブな印象はかなり弱まっていますが、車検や整備での維持費に対してはどうでしょうか。
今でも根強い人気を保ちながら大事に維持されているレガシィやインプレッサ、フォレスターなどのEJ系の水平対向エンジン搭載車と、現在のFA系やFB系の水平対向エンジンの比較もしてみましょう。
スパークプラグの交換作業料金が高め
水平対向エンジンの定期交換部品で作業料金がかかりがちなのがスパークプラグの交換作業です。
左右の幅が広い水平対向エンジンは、シリンダーヘッドががフレームのギリギリまで迫っているのでスパークプラグを外す前のイグニッションコイルを出すのにもひと手間かかります。
並列4気筒と比べれば作業時間は倍どころか3倍ほどかかることが多く、並列4気筒なら20分ほどで終わる作業が、水平対向4気筒なら片側でも30分以上はかかるでしょう。
レガシィのあるモデルでは、右バンク側にABSユニットが配置されていてめちゃくちゃやり辛かった記憶があります。
反対側はウォッシャータンクとバッテリーをずらすことが多いです。
スパークプラグの交換作業料はいくらほどかかる?
スバルやトヨタの86に搭載されている水平対向エンジンはFA系やFB系ですが、以前のEJ系と同じくスパークプラグの交換費用は高くなります。
ディーラーに依頼すると、作業工賃だけで10,000円~14,000円ほどはかかるのではないでしょうか。
それに加えてスパークプラグの部品代金も4本で10,000円ほどはしますのでディーラーに依頼すると20,000円オーバーの整備費用ということになります。
作業に手慣れた人ならDIYですることもできますが、狭い場所からスパークプラグを差し込んでいくのでプラグ交換未経験の方が無理にやろうとするとプラグホールのネジ山を傷めたりするおそれもあります。
シリンダーヘッドカバーからのオイル漏れ
水平対向エンジンでは定番(?)ともいえるシリンダヘッドカバー(タペットカバーパッキン)のオイル漏れ修理も他のエンジンよりも作業工賃は高くなります。
エンジンのレイアウトの関係でヘッドカバー内部の下側にエンジンオイルが溜まったままになり、オイル管理が悪いと、劣化したエンジンオイルの影響やブローバイの内圧もあり、オイル漏れが発生しやすくなります。
排気量やヘッドカバー形状で多少の工数の違いがある
ターボモデルではDOHC(ツインカム)になっているのでヘッド周りも大きく、スペースがギリギリなのでヘッドカバーを取り出すのに一苦労します。
そのぶん作業料金も高くなるので、水平対向エンジンだからいくらかかる、みたいな明確な工数はありません。
DOHCエンジンなら片側で一時間オーバー、SOHCエンジンなら30、40分くらいの作業工程で、これが左右バンクとなると、すべてが倍になります。
ディーラーに依頼した場合だと、片側でも8,000円から14,000円くらいの作業料金と部品代金で2,000円~3000円くらいは請求されるのではないでしょうか。
EJ系のタイミングベルト交換費用が高額だった
↑ とにかくタイミングベルトの取り回しの関係でプーリーやスプロケットが多く、部品代も増えてしまいます。
FA系やFB系の水平対向エンジンにはタイミングベルトはなくチェーン駆動になっていて、チェーンの交換は基本的に必要ありません。
それに対して、EJ系エンジンを搭載している車種ではタイミングベルトの交換が、なかなかの高額な整備費用としてオーナーさんを悩ませました。
水平対向エンジンのなかでもEJ20型DOHCのエンジンはレガシィ、インプレッサ、フォレスターに搭載され、売れ筋のモデルとしてそれなりの台数が出ています。
EJ系の場合はタイミングベルトがあるので10万キロ毎の交換が推奨されていて、無交換のままで走行し続けるとタイミングベルトが切れたりコグの部分がコマ飛びをしてバルブとピストンが干渉してしまいます。
車が新しい場合だと15万キロくらいは走れそうに感じていますが、一般ユーザーさんにリスクを負わせるわけにはいきませんし、メーカーの指定する10万キロでの交換が望ましいです。
定期交換部品は待った無し
10万キロを走行するとタイミングベルトの交換は必要になるため、車検とタイミングベルトの交換が重なった場合はかなりの出費になってしまいます。
車検とそれに付帯する作業は2リッタークラスのどの車種とも費用では大きな違いはありませんが、タイミングベルトの交換となると金額が跳ね上がります。
カムのスプロケットを緩めるために専用のSST(スペシャルサービスツール)が必要になるエンジンもあり、カーメンテナンスショップなどでは作業を受けることはないでしょう。
※モノタロウリンク カムスプロケットホルダー
直列エンジンよりも部品点数は多い
たとえば、平成10年当時に現役で走っていたRB20型エンジンを搭載する日産のスカイラインのタイミングベルトと比較すると、EJ20のほうが部品点数、作業点数、ともに多くなります。
ざっくりで7万円~10万円ほど
■スバル EJ20:DOHCのタイミングベルト交換
ざっくりで9万円~14万円ほど
多少はうろ覚えですが、当時は日産ディーラーやスバルディーラーにタイミングベルトの交換を依頼するとそれくらいはかかったとお思います。
EJ20の場合、ツインカムなら左右のバンクにカムスプロケットがあるためにフォーカムとも呼ばれていましたが、タイミングベルトが長く、それをガイドするスプロケットも多くなります。
結果的には直列タイプよりもタイミングベルト交換の費用は1・5倍ほどかかることが多く、作業時間もそれなりに掛かるため少なくとも3日以上は預けることになります。
タイミングベルト交換がセットで付きまとっていた当時としては「水平対向エンジンは維持費が高い」という印象を植え付けたかもしれません。
まとめ
水平対向エンジンそのものはたんなるレシプロエンジンで、ロータリーエンジンのような希少性はありません。
スバルの場合、企業のイメージをブランド化するために水平対向エンジンを全面に押し出していた時期もありましたし、ユーザーも「スバルと言えば」みたいなところもあります。
古くからのスバルを知る人はネガティブなイメージも残しているのですが、トヨタとの協業とその後の資本提携により、トヨタの低燃費に関する技術も取り入れられました。
その後もスバル独自によるFA型水平対向エンジンへのブラッシュアップも行われ、スポーツカーらしさと環境性能への配慮も盛り込まれながら今に至っています。
世界的にはEV化が本流のような風潮がありますが、トヨタの水素エンジン開発には他社も注目しており、まだまだ「EVしか生き残れない」ということにはならないと感じています。
結果的には、スバルはトヨタとの関係性が強くなることで「スバルらしさ」を少しですが、残すことができるのではないでしょうか。
「スバルの水平対向エンジンはエコで燃費がいい」
と言われるようになる流れもあるかもしれません。
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